2017-09-30

月の満ち欠け



「月の満ち欠け」佐藤正午

第157回直木賞受賞作品
 “あたしは、月のように死んで、生まれ変わる──目の前にいる、この七歳の娘が、いまは亡き我が子だというのか? 三人の男と一人の少女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく。この数奇なる愛の軌跡よ! さまよえる魂の物語は、戦慄と落涙、衝撃のラストへ。”


店頭で平積みされているのを見て、なんとなく惹かれて購入した本。ファンタジーがあまり得意ではないので、愛と輪廻転生がどう絡んでくるのかな~とやや疑いつつだったのですが、とにかく驚きました。あまりにも素晴らしくて、そんな初めての読後感に戸惑いを覚えながら、興奮気味で記録します。

どちらかというと辛口な文章が好みなので、読み始めは「お、なんかユラユラしているな」と感じました。それが心地悪いわけではなく、つかみどころがない。ようやく見えそうになったかと思えばふいに遠ざかる。なぜ?と疑問を抱くたびに突き放されるような心細さと搔き立てられる好奇心、そのギリギリを攻めてくるような物語の紡ぎ方。読み進めるほどにざわつく感覚に、目が覚めました。そして半分くらいまで読んで、少し不安になりました。この物語はどうやったら終わりを迎えられるのだろう?小さな疑問を少しずつ重ねて少しずつ明らかになる事実とその背後に迫る得体のしれない現実の歪み。
大学生の哲彦と既婚者の瑠璃。ふいに彼女が事故で亡くなってしまう。そこから生と死を繰り返し、時空を超越する愛の物語。なんですが、これをただ“愛”の物語とまとめるにはあまりにもダーク。ラストシーンで全て終わりだと考えれば涙を誘うことは間違いないのだけれど、そこからまた出会ってしまった二人をスタートとして考えると目が泳ぎます。生き続けて歳を重ねた哲彦と瑠璃が憑依した小学生。ちょっとしたホラー。愛なのか執着なのか、混乱してしまいながらもそれでも会いたいと思い続けた瑠璃の思いはあまりにも強烈で、何年かかって何人経由してんのって突っ込みつつも結局泣きました、ハイ。

佐藤正午さんという方の小説を読んだのは初めてだったのですが、読後に色々調べてみて納得。作家デビューは1983年というベテランでした。下手したらライトノベルになりかねないストーリーをここまで引き上げてくる構成力、一見淡々としているようだけどあまりにも緻密で、私の語彙力では上手に当てはまる言葉が思い浮かびません。というわけで選評から抜粋させてもらいます。


浅田次郎「熟練の小説である。抜き差しならぬ話のわりには安心して読める大人の雰囲気をまとっており、文章も過不足なくていねいで、どれほど想像力が翔いてもメイン・ストーリーを損うことがない。」「私見によると、他の候補作とのちがいは相当に歴然としていた。」
伊集院静「それにしても奇妙な物語である。まあ本来、小説には奇妙、摩訶不思議な所が備わっているものであるが、これを平然と、こともなげに書きすすめられる所に、作者の力量、体力を見せられた気がする。」「この作品のテーマは、人の死のかたちなのだろう。死のかたちが広過ぎるなら、死の余韻でもいいかもしれない。」「登場する少女たちが彼女のたちの内に宿ったものに対して、必死に声を上げようとすればするほど、その声が音律を持ち、切ない鎮魂歌に私は聞こえた。」
桐野夏生「人間の個性や人格というものを敢えて無視して成立させる、ダークなファンタジーといったところか。」「死んだはずの瑠璃が少女に憑依して、常に哲彦の元に戻ろうとする設定は、その執着ゆえに薄気味悪さを伴う。実に奇妙な小説である。」「構成は怖ろしく凝っていて巧みだ。」
(第157回直木賞 選評の概要 より)


体力という言葉がこんなにも感じられる小説は初めてでした。持久力が半端ない。ハイレベルな文章がずっと続くので、どこかの一文が抜きん出ることもない。高級なベルベットの絨毯の上をずっと引き摺られている感覚。
特に印象的なのは、瑠璃が電車に跳ねられてしまうところの描写。すごく美しかった。現実と空想を行き来しているかのような浮遊感が死に引っ張られることに対しての悲しみさえも包んでしまうかのような。


余談ですが、読み終わって一通り余韻に浸ったあと思い出したのは、桐野夏生さんの「柔らかな頬」でした。こちらも直木賞を受賞した作品、不倫に溺れる母親の娘が突然姿を消し、それをひたすら追い続ける物語なのですが、ラストシーンで賛否両論だったと記憶しています。結局、犯人は明らかにならない。ありとあらゆる部分で問題を突き付け、考えさせられる展開なので、一番始めに読んだときはあっけにとられました。えっ犯人だれ? でも何度も読み直すと犯人捜しの小説じゃないんだと気づき、みんな怪しいし、でも誰も犯人じゃないかもしれないし、本当は生きてるかもしれないし、それよりも母親の止まってしまった時間との葛藤や胃ガンの元刑事の最期の時間の使い方、不倫相手の転落の仕方や両親との確執など、ハンマーで叩かれ続けていたらラストでハンマーが目の前で溶けた感じ。それでなぜか腑に落ちる。私が今まで読んだ小説の中で一番好きなラストシーンです。
「月の満ち欠け」は全く逆だと感じました。終始なめらかで、けれど重みがあって、現実なんだけど現実じゃないような被膜感があって、心地よくずっと揺さぶられている。このままその揺れが続くだろうと思っていたら強烈な一撃をくらう。そうであって欲しかったし、そうじゃなければ終わりたくなかった。これ以上のラストシーンがあっただろうかと思わされる。どちらも緩急のつけ方が絶妙すぎて、圧巻としかいいようがない二冊です。


「月の満ち欠けのように生まれ変わる」という題材はとても読みやすいので、すぐ入り込めます。冒頭の異世界への予感を与える興味の引き方も巧妙。スピリチュアル感もないのでファンタジーが苦手な人でも大丈夫です。
文章にも人をコントロールしようという作為的なものがなく、難しすぎる言葉で読者を突き放すこともなく、かといって商業的なあざとさも全くなく、ただただ物語に引き込まれて夢中になる。“過不足がない”ことの上品さ。小説の根本的な素晴らしさを改めて教えてくれた本でした。

上質な余韻を味わえる、涼しくなった秋の夜長にぴったりの一冊です。





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