2017-06-12

ぼくらの頭脳の鍛え方



本屋さんが好きです。急いでいない限り、通り過ぎることが出来ない場所。新刊はもちろん、陳列の仕方で今まで読んだことなかった本が急に気になってきたり、その時の気分によって手に取ってみようかなと思う本が違う。あるいは、知りたいと思っていたことが全然関係ないと思っていた本に書いてあったりする。それをずっとやっていると、今必要な情報や気分がなぜか分るようになる。あーこれ今の私に必要で読みたかった本だなーと思えることが続く。「それ単なる偶然でしょ」と言われたこともありますが、まあそうかもしれないけれど、同じようなことをしている人の同意は得られるはず。一冊ずつ纏っている何かしらのオーラがある。だからしばらく本屋さんへ行かないと何を手にとっていいかわからなくなるんです。まさに勘が鈍る。そうならないように習慣的に本屋さんを訪れます。
好きでよく行くのは青山ブックセンター。“検索でたどりつかない、本とアイディアを。”を見てからお店に入るので、「よっしゃー探すぞー」と意気込みます。そんなわけでけっこうピリピリしながら本を見ている私。平積みされている新刊から、本屋さん独自のおすすめコーナー、並んでいる背表紙まで、何かに呼ばれていないかを感覚を研ぎ澄ましながら練り歩く。(だから本屋さんで大きな声で会話している人たちが苦手、そっちに引っ張られてしまうから)青山ブックセンターは他の本屋さんでは見つけられなかった本が主張してくる場所です。なぜか新書を買う率も高め。そして何時間いても飽きないし疲れない。同じ本というものを並べていても他の本屋さんと違う場所と思えるからすごい。




「ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊」立花 隆 佐藤 優

“今、何を読むべきか?どう考えるべきか?「知の巨人」立花隆と「知の怪物」佐藤優が空前絶後のブックリストを作り上げた。自分の書棚から百冊ずつ、本屋さんの文庫・新書の棚から百冊ずつ。古典の読み方、仕事術から、インテリジェンスの技法、戦争論まで、21世紀の知性の磨き方を徹底指南する。”


先日行ったときに持ち帰った本の中の一冊。佐藤優さんの政治や哲学に特化した本は、私の頭では読みたくても難しくて理解できないものも多いけれど、これはパッと開いたページに雨宮処凛さんのことが書いてあり、一瞬で引き込まれました。対談形式というのも読みやすいです。雨宮処凛さんの仲間が“麻生邸見学ツアー”をやってパクられた時に助けを求めたのがパクられた経験のある佐藤さんであったり、どうしてロリータの格好をしているのか。ロシアでのコーヒーか紅茶を選択する意味。難しい本は自分の興味がある部分から取り入れていくと他の部分にもすんなり取り組める気がします。といってもここで紹介されている400冊は難解な本が多く、実際に手にとってみないとどれが読めるのかもわからないくらい。佐藤さんにピックアップされていて嬉しかったのは“沈黙”と“塩狩峠”、入ってるだろうなと思っていたので見つけてホッとしました。知っていたのはこの2冊のみ。
雑談も情報がたくさん詰まっているし、誰かの行動はこういった思想が元になっている等々、いかにそういった世界に無縁でありなんとなく適当に生きていることや、そもそもの基礎知識の無さになんだか情けなくなったりもしつつ、それでも面白く読めます。

ネットでもたくさん書籍や文章が読めますが、それでもやっぱり紙が好き。めくるという仕草、ふと開いた瞬間と偶然、マーキングのためのドッグイア、もう一度読みたくて戻ること。どれもインプットするために必要な行為だと思います。インターネットでバーっと検索することを“スループット”と表現されていて、まさにそうだなあと納得しました。スクロールするのと何度も本を読み直すのとでは、やはり記憶に残る度合いが違う気がする。あと小説はとくにその内容に合ったブックデザインや紙の質感、フォントや文字の大きさとかも含めて一つの作品として楽しみたい。子供の頃から図書館で本を探す、借りる世代なので余計にそう感じるのかもしれません。


“脳と読書・読字の相関は脳科学の世界では常識です。日本語の場合、平仮名があって、片仮名があって、漢字がある。それで音と文字と意味とがそれぞれ微妙にずれている。脳はこうしたずれがあればあるほど、その複雑さに順応するために高次の発達をとげるんです。だから日本人の脳はすごくいい脳になった。”(立花隆さん)


日本語に対してのすごく素敵な情報!

知識が溢れかえるほど脳に蓄えている人はもうその人自身がGoogleで、調べたいことを検索すると頭の中の引き出しが開いて必要な情報が出てくる、そんなイメージでした。
私も少しでも引き出しを増やせるよう、たくさん本を読もうと思います。





2017-06-05

やめるときも、すこやかなるときも



「やめるときも、すこやかなるときも」窪美澄

“忘れられるはずなんてない。
僕が生まれて初めて結婚しようと思った相手のこと。
家具職人の壱晴は毎年十二月の数日間、声が出なくなる。過去のトラウマによるものだが、原因は隠して生きてきた。制作会社勤務の桜子は困窮する実家を支えていて、恋とは縁遠い。
欠けた心を抱えたふたりの出会いの行方とはーー?”



きっと多くの人が聞き覚えのあるこの文章はどこか高貴で、けれどなぜか有無を言わさない支配的な何かが感じられて、恋愛小説にこのタイトルをもってくる窪美澄さんのセンス、平積みされていたのを見た瞬間に唸ってしまいました。
デビュー作の「ふがいない僕は空を見た」から読んでいて(このタイトルもブックデザインも当時信じられないくらいセンセーショナルだった)、最近も「夜のふくらみ」「アニバーサリー」「雨のなまえ」と窪さんオンパレードしていました。普段自分が好きな複雑な事件性とか心理戦のような要素はなく、それでも定期的に読みたくなってしまう窪さんの小説、なんでだろうなとこの本を読み終わった時に改めて考えてみたのですが、文章が丁寧とか攻撃的な要素がないということだけではなく、目に見えない母性というものを感じるからかもしれないと思いました。我が子を守るというスポット的なものではなく、もっと大きな何か、誰でも、もしかしたら私でも受け入れてくれるのではとさえ思ってしまう懐の深さ。読んだ本全てに通じる、安定的なぬくもり。性的な描写もセクシャルな出来事だけではなく、命や生きることに繋がっていく気がする。
それから女としてどう生きるかということ。結婚してもしなくても、子供を産んでも産まなくても、窪さんのフィルターを通すとそのことに正解はないし、また不正解でもないんだと言われているような気がします。私は母親という存在から何かを教えられたという記憶が無いので、小説のなかであからさまな表現になっていなくても道徳的なことを教えてもらっている感覚もあります。女として生きていく道はたくさんある。どの道を選択するのかは自分で決めなさい、と。


家具職人の壱晴と制作会社勤務の桜子が友人の結婚式で出会い、そこから二人が距離を徐々に縮めて相手を知ろうとしていく物語。すんなり恋人同士になれないのは、お互いに欠けた部分を持ち合わせているから。過去に囚われている壱晴と恋愛が分からない桜子。壱晴の固まった心を少しずつ解いていく、30年以上生きているからこそぎこちなくなってしまう不器用さと二人の素直さに心が洗われていくようでした。大人だからと平気な顔をしていても脳と身体は繋がっていて、訴え掛けるように身体に不調が現れる。無視できない状況に陥ってから初めて脳や記憶を誤魔化そうとしていた事実がどれだけ自分にとって大きな負担だったかを初めて思い知る。思い当たる節がある人は多いのではないでしょうか。一人ではどうしようもなかった闇を他人の手を借りて抜け出す。壱晴は過去と向き合い、それから桜子と向き合う。こんなにゆっくり進んでいく恋愛小説なのにもどかしさはなく、お互い維持を張っているかのようなやりとりも現実味があってすごく好きでした。なんていうか、ポンポンうまくいってダメになったらハイ次〜みたいな身軽さを持ち合わせていない人だって世の中にはまだまだたくさんいるんだ。その不器用さがひどく清潔で、好感を抱きました。

誰とも分かち合えない傷を抱えた人が背中を擦ってもらえるような本。押すわけではなく、擦ってもらう。足りているようで足りてないこと。
自分に折れそうになったらまたこの本を開きます。過酷な環境や運命に立ち向かい、ありとあらゆる困難から立ち上がった強くて温かい人たちがたくさんいるから。優しい処方箋のような一冊。





2017-06-04

The Charlotte Gainsbourg for NARS Collection



The Charlotte Gainsbourg for NARS Collection、マルティプルティント 5406を滑り込みセーフで購入しました。
とにかくシアーな桃色、かわいい〜
しかもパッケージがカーキにゴールドのロゴ、これは買わないわけにはいかないアイテム。




何度か強めにすべらせてこの発色なので、チークとしてかなり使いやすいです。
ギュッとつねった跡のような自然な赤味。“ブラッシュの紅潮感”とはまさに!
何もしないと真っ白けののっぺらぼうなので、お金を払って自然な血の気を手に入れました。
まさに透明感を凝縮したような桃色スティックです。
それがカーキのパッケージに包まれているなんて...(エンドレスリピート)





あまりの争奪戦に今後のNARS限定アイテムはカウンターで予約しようと心に決めました。
フランソワに合掌。







2017-05-30

diary 0530


アラームが鳴った瞬間にパッと飛び起きてパッと止めてパッと再び寝る。この動作の素早さだけでいえば低血圧とは思えないほど機敏な朝の私。iPhoneのアラームを延々止め続けることを止めたいという思いから購入した目覚まし時計だったけれど、止めて抱えて二度寝してしまうのでやはりiPhoneも頼りにしなければいけないことに変わりはなかった。朝のテレビは羽鳥さん派。メイクの時間は昔よりだいぶ短くなった、アイメイクをあまりしなくなったから。今日は起きてから45分で家を出た。ラッシュよりは遅い時間でもそれなりに混み合う電車に乗る。内勤の日はコンビニのコーヒーを必ず買って行くので、今日はアイスかホットか、ブラックかカフェラテか、を電車の中で悩む。最近気づいたのが特にコーヒーが飲みたいわけじゃないということ。多分欲しているのはあの豆を挽く音。あれを聞くと仕事しなきゃなーという気分になる。いくつかの職場を経験したけれど、今のデスク周りの環境がすごく好き。自習室みたいで。仕事柄おしゃれさはゼロ、それも良い。パソコンに向かうと視界に誰も入らないので没頭できる。だからこそ眠い時はひたすら眠い。ノートの文字が見事に歪んだ授業中のことを思い出す。お昼どき、12時きっかりに外に出ると、あまりにも日差しが気持ちよくて目的地を定めずに歩き出してしまい、結果紫外線をたくさん浴びた。光合成だと思えばいい。殺菌されているような気もするし。




先日、すごく若い女子フィギュア選手が怪我からの復帰インタビューで「小さな幸せを積み重ねていったら楽しくなった」と言っていて、そのクオリティの高さに驚いた。まるで自己啓発本的な内容で、けれど誰かに言わされているわけではなく、苦しんだ時期から立ち上がった彼女自身から出てきた自然な言葉だったので、彼女の倍以上歳を重ねている私はなんだか少し傷ついた。それ以上の正論はなく、ただ彼女があまりにも若かったのだ。
いろいろな人がいて、半ば強引に世界が進んでいく。事実と幻想が錯雑し、何が本当なのか、何が本当だったのか、よくわからなくなる。耳に入れたくない言葉ほど頭の中を駆けずり回る。蝕むことを望んでいるかのように反芻してしまう。忘れたくない記憶ほど溶けていく。手触りがなくなり、いつか思い出せなくなる。そしてなかったことになる。けれど、涙を流すだけでは埋め合わされるはずがない孤独感が何かしらの土台の一部となり、今よりきっと大丈夫になる。






iPhone case



うずらの卵みたいでかわいい





2017-05-07

DISCO




手っ取り早く気分を変えたいとか、心がなんとなく重いとき、誰かにネイルやってもらいたいなーと思うのですが、なかなか行動に移せずセルフでやり過ごしていたけれど、せっかくのGWだしということで行ってみたかったDISCOへ。
ネイルサロンでアートをするのは実は初めて!
なんとなく雰囲気を伝えて、ほぼほぼおまかせで。





ツボすぎる仕上がりにニヤニヤが止まりません。
絶妙な色合いで、どの角度から見ても好き...♡




ちょっと不機嫌な三毛猫っぽい色合いで本当にかわいい。
また行きたい!行かなくては!と思わせてくれるネイルサロン、パワーとセンスをお裾分けしてもらいました。
お気に入りすぎて、伸びないで〜と毎日念じています。






【DISCO】
1-14-9-3F JINNAN SHIBUYA-KU TOKYO
Tel :  03-3464-7831





2017-04-18

PASTEL SNOW




NAIL HOLIC PASTEL SNOW GY050

ブルーグレーのベロアガウンにマットなホワイトラメ入りのうすいグレーのネイル

春っぽくないけどかわいい組み合わせ





2017-03-26

ADVANCED MODE


毎日、老いていきます。
当たり前だけど、なんとなく過ごしていると忘れてしまうこと。
将来どんな自分になっていたいか。
細かいことを挙げるとキリがないけれど、結局は自分の好きな世界を築き上げていたい、確固たる自分軸を持っていたい、そういう精神的な部分に行き着くような気がします。
気持ちが揺らいだ時に見る動画を二つ。どちらの女性も強く潔くかっこいい。




多くのテレビCMや広告は人を不安にさせる要素がかなり含まれている気がして、ちゃんと見ないようにしています。“何か買わなければいけないのでは...”と感じるのはあまり精神的に気持ちよくありませんが、この樹木希林さんを見ると“服を買いに行きたい!”と自然と思うので、購買意欲をそそるための広告としてはこれ以上ないほどの自然さ、シンプルですごく好きな広告です。





こちらはRick Owensのパートナー、Michele Lamyが出てくるもの。
迂闊にRickの服着たーいと言えなくなるほど、別次元の領域を感じます。Rickの服が一番似合うのは彼女だと思う。昔はお金貯めてRickのレザージャケット買いたい、出来れば35歳くらいまでに、と考えていましたが、今は40代になってからかなと。似合うようにならなければ。


錯綜している世の中のあれこれに惑わされないように、自分を律すること。
私が何が好きで何を着ていようと、私が心地良ければそれでいい。




「死ぬときぐらい
 好きにさせてよ」


最期はこんな感じで。フワッと。





2017-01-03

J.W.WATKINS All Purpose Cleaner


二度目の引越しの際、今度こそは成功しますようにと躍起になって「引越し 縁起」などで調べまくっていた時、盛り塩がいいという記事を読み、なるほどやってみようかなと色々見ていたら「むしろ呼ぶ」「素人はやらないほうが良い」などと出てきたりして一体どうしたらいいのと混乱していたら「バケツに粗塩をひとつまみ入れて固く絞った雑巾で磨け、とにかく掃除を徹底すれば問題ない」というのを読んで一番納得したのでそれに従うことにしました。
「明るく前向きな気持ちで笑っていたら良い部屋になる」というのを見た時は「免疫力上げる方法を調べた時と結論がほぼ同じ...」と押し黙ってしまいましたが、結局はそういうことなんですね。
というわけで拭き掃除が好きになるアイテムを購入しました。




J.W.WATKINSの万能クリーナー、ホワイトティー&バンブーの香り。
表面に跡が残りにくいので気軽にシュッとスプレーして軽く拭きます。
香りも清々しくあまり残らないので使い心地が良いです。とってもおすすめ。
常に清潔さを保ちたいと思えるよう部屋の見えるところにあえて置くことに。主張しないパッケージもさりげなくて好き。

“気の流れ”なんて今までほとんど気にしたことがありませんでしたが、今回の一件でいやというほど思い知りました。一ヶ月足らずで引っ越せざるを得なかった部屋を内見したとき、なぜかテンションが上がらなかったこと。条件的には良いはずなのに、いや気のせいだろう住めば都っていうしむしろ今の部屋長すぎだから違和感あって当然だろう等々自分を丸め込んだ結果惨敗したので次は自分の感を信じることに。
探している最中、良さそうかなと思って内見した部屋が退去直後で女性が住んでいたとは思えないほどものすごく汚れて空気が淀んでいるのを感じ、そのあと若干具合悪くなったのでこれはダメだと却下。
今の部屋を内見した日、退去の翌日だったそうですが「クリーニング後ですか?」「いやまだだと思うんですけど...」というやりとりをしてしまうくらい、とにかくきれいで、そういう風に住んだ人の後に住むっていうのはすごく良さそうだなと思ったのもこの部屋に決めた理由の一つかもしれません。

おかげさまでとても静かでのんびりとしたお正月を過ごすことが出来ました。この穏やかさ、少し前のことを思い出すと涙が出るくらいの嬉しさ。部屋に長くいることでようやく自分の部屋らしく馴染んできました。
当たり前と思ってしまう心地良さを見失うことなく、感謝の気持ちを忘れず、こまめに掃除して、良い気が流れてくる部屋を目指します。








2017-01-01

沈黙




あけましておめでとうございます。
ジルベスターコンサート「ダッタン人の踊り」が最高のタイミングで終わった瞬間に年が開けるという今までにないほどの高揚した年越しになりました。

さて、今年の読書は「沈黙」から。

“「沈黙」は、遠藤周作が17世紀の日本の史実・歴史文書に基づいて創作した歴史小説。1966年に書き下ろされ、新潮社から出版された。江戸時代初期のキリシタン弾圧の渦中に置かれたポルトガル人の司祭を通じて、神と信仰の意義を命題に描いた。第2回谷崎潤一郎賞受賞作。この小説で遠藤が到達した「弱者の神」「同伴者イエス」という考えは、その後の『死海のほとり』『侍』『深い河』といった小説で繰り返し描かれる主題となった。世界中で13か国語に翻訳され、グレアム・グリーンをして「遠藤は20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」と言わしめたのを始め、戦後日本文学の代表作として高く評価される。” (Amazonより)

去年、私の中で巻き起きた佐藤優さん大ブーム、もちろん継続しています。
「先生と私」という本の中で「沈黙」のことに触れており、たった一文でしたが非常に心を捕まれて絶対読もうと決めた本。


“能動的能力をつける場合にも、手続きがあると先生は考えた。いきなり作文をしてもよい内容にはならない。受動的能力を高めながら、徐々に能動的能力を引き出していく技法がある。その一つが、漢字練習だ。漢字練習も、漢字や熟語を単独で覚えるのではなく、文章で覚える。例えば、自己欺瞞という言葉がある。この場合、<敗北したものは、弁解するためにどんな自己欺瞞でも作りあげていくのだ>(遠藤周作『沈黙』新潮文庫、1981年190頁)というように、印象に残った文学作品や評論の文章を抜き出して覚えるのである。さらに読んだ文章の要約をすることでも受動的能力と能動的能力の双方が強化される。”(先生と私 第四章 哲学と神様より)


例えば、で取り上げる例文のインパクト。内容など知らなくても、その一文だけでなんだか絶対に読まなければいけない本なんだ...と思わされてしまう。
ゆっくりちゃんと読みたいと思っていたのでお正月まで眠らせておきました。




時代や宗教が絡むのでイメージを膨らますのが難しいかと思いきや、かなり鮮明であまりにも過酷で暗澹とした前半を越えるともう絶対に途中で読むのをやめられないほど引き込まれます。
信仰の力というものは自分の命さえも犠牲に出来るものなのか。今まで宗教というものに触れてこなかった私には特異なものにさえ映りました。
棄教したフェレイラとの会話も特に印象に残った部分。


「日本人は人間とは全く隔絶した神を考える能力をもっていない。日本人は人間を超えた存在を考える力も持っていない」
「基督教と教会とはすべての国と土地とをこえて真実です。でなければ我々の布教に何の意味があったろう」
「日本人は人間を美化したり拡張したものを神とよぶ。人間と同じ存在をもつものを神とよぶ。だがそれは教会の神ではない」


踏み絵に足をかけてしまったあとの司祭の葛藤、そして自分自信の導き方。
とにかく信仰力の強さを思い知りました。
もっと具体的に言葉にしたいと思うけれど理解しきれていない部分も多いためトンチンカンになると思うのでやめておきます。きちんと文章にならずもどかしい気持ち。とにかく考えることが山ほどあった、という陳腐な感想だけは残しておきます。

残酷さやストーリーに対して心を打たれるというのは勿論ですが、自分自身の在り方に問いかけられる、そして自分自信の虚しさや悩みの情けなさまで浮き彫りになってしまう、そして全部目の前に並べられると何故か冷静になり、もっと悩むべきことは他にあるのではないだろうか、今の考えは根本的に正しいのか、自分が信じているものは何か、そんなことを読み終わったあとしばらく呆然と考えさせられました。
きっとこの先何度も読み返すだろうし、そのたびに感じることが変化しそうな本。もっと踏み込んで理解出来るようになりたい。

2017年、良い本から始められました。