2016-12-31

reflection





ここ数年、昔に比べてものすごく無気力だなと自覚しています。
早いものでブログを初めたのが6年前、その頃を思い出すと根本的な部分では同じなのですが、性格はだいぶ変わってしまいました。自我というものが少しずつ死んでいった結果です。
様々な環境で自分を殺すのが一番いい方法なのだということを知り、自分の感情赴くままということがなくなりました。笑っている驚いている泣いている、けれどそれは目の前の人がそれを求めているから。怒られたら自分のせいでなくても謝るしかない、楽しそうにしていなければ何か言われるからとりあえず笑うしかない、落ち込んでいてもそれを出すと余計に攻撃されるのでいつもどおりを装わなきゃいけない、平気じゃなくても平気なふりをしていたほうが楽。そんな生活を強いられていたので別人のようになった気がします。一番酷かった時期、「目が死んでるけど大丈夫?」と昔の知人に言われてしまいました。前は服の話とかしながら目がキラキラしていたそうです。去年の年末、友人に状況を説明していたら「で、eriはどうしたいの? eriがどうしたいかが全くそこにないじゃん!」と言われたことも印象に残っています。自分がどうしたいかで動いていいんだな。当たり前のことだけど、日々自分の感情を殺しているとそんなこともわからなくなるのです。
きっとよくある話なんだと思います。抑えて抑えて消化されない怒りや悲しみが静かに蓄積されていき、ある日を境に全てが無理になる。平気なふりが突然出来なくなる。なぜ我慢しているのかわからなくなる。言葉では表せないくらい、ものすごく苦しくて、とてつもなく虚しいこと。
そうならないように今年はきちんと動けたと認めてあげようと思います。
昔は書きたいことも山ほどあって言葉が頭の中を渦巻いていたけれど、そんなこともなくなってしまいました。
来年はいくら時間があっても足りないくらいイマジネーションに溢れる年にしたいな。



今年の初め、一番息詰まっていた時に読んだ川上未映子さんのエッセイから、心に留めておきたいページを残しておきます。


“なにとも比較できないなにか。誰かにとやかく言われようのないなにか。学校や職場以外の場所にこそ、仕事や人間関係以外のものにこそ、自分にとって素晴らしいものがあるという自信をもつこと。もしいまそれがなければ、いろんな場所やものに触れて、そう思えるものを見つけること。いまの自分の現実だけが現実ではないと知ること。世界に角度をつけること。本でも映画でも、信頼できる誰かと昔に交わした言葉でもなんでもいい。それは自分の殻に閉じこもってまわりを見ないようにすることとはまったく違って、なにかひとつ、誰にもわかってもらえない自分だけの大事なものを見つけることが、明日また、学校や職場でがんばるためのちからになると思うのだ。人からどう思われようと、決して揺るがないものをひとつだけでいいから胸にもっておく。それは本当にわたしたちが困ったときに、わたしたちを必ず助けてくれるちからになる。

孤独の豊かさを知らなければ、何人と遊んでいたって満たされない。ひとりきりを過ごすことができなければ、誰といたって安心できない。自らをちゃんと考えるための言葉をまだじゅうぶんにもっていなかった少年少女時代をへて、そして、無数に存在する人間の中で、自分という得体の知れないものをもてあましてなにもかもが過剰で苦しんだ思春期をこえて、ひとりでいること、孤独であることのー誰の目も経由しない、本当の淋しさと滑稽さと強さを知った人たちが寄り添うときにはじめて、お互いがお互いをもっと理解したいと思えるような、ずっと大切にしたいと思えるような、そんな気持ちに出会えるのじゃないだろうか。そこに誰がいてもよかったような関係じゃなく、わたしでありあなたじゃなくちゃいけなかったと心の底から思えるーそれが愛情でも友情でも、交わした言葉や視線や風景を思いだしさえすれば、今日もまた生きていけるような関係を、築くことができるのじゃないだろうか。”
(安心毛布 わたしであり、あなたでなくちゃ より)



今年も細々とした更新になってしまいましたが、それでも訪れてくれた方に感謝します。
ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。




2016-12-30

NEWDAYS

11月の初旬のことですが、長年住んでいた家を引越しました。
2003年に契約していたのでなんと13年も住んでいたとのこと、誰に話しても苦笑されてしまいますが、19歳のときに巡り合った部屋はとても気に入っていて、今でもまだあそこが自分の部屋という気がしてしまうほど。
ただもうそろそろ引っ越さなければと思っていた時にたまたま見つけた物件が立地、間取り、家賃ともに魅力的で迷うことなくアッという間に契約して引越しました。
あまり感傷に浸ることなくサクサク荷物を運び出し、ガランとした部屋を見た時に「この状態の部屋を見たのは19歳のときの内見以来なんだな」と思い、初めて何とも言えない気持ちになりました。
上京してきて2回目に住んだ部屋。ここから専門学校に通ったり夢を追いかけては挫折して就職したり勉強したりたくさん笑ったけど泣いたしそれでも何があってもここだけは自分の居場所だったなと改めて思いました。数え切れないほど模様替えもして最後は物を減らすことで部屋を変化させるというところだったので荷造りはものすごくスムーズでした。逆算して計画を組むのは好きなので引越し当日もトラック来るまでまだ時間あるしスタバ行こ〜とか出来る余裕っぷり。順調に部屋を出ました。

荷解きもスムーズに終わり、前の部屋より間取りもグレードアップしているので整理するのもかなり楽しかったです。家具をどこにどう配置しようか悩める嬉しさ。
と、ここまでは良かったのですが、なんと信じられないくらいの騒音問題発生で翌日の朝は顔面蒼白で出社。デスクで頭を抱えてしまいました。
だいたいどこにいても「家帰りたいな〜帰ったら何しようかな〜」と考える私が「どうしよう、家に帰りたくない」と空になったマグカップを前に時間を潰していたときに涙。このダメージは大きすぎた。
というわけで5日目で引越しを決意。そこからまた物件を探し、8件内見して一番魅力的だった部屋に決め、12月中旬に引越しました。スピード感抜群ですね。

そんなわけでようやく快適な生活が幕を開けました。
落ち着いてコーヒーが飲めるとか、テレビを消して本を読めるとか、お風呂でボーっとするとか、当たり前のようしていたことへのありがたさを今回のことで改めて噛み締めることが出来て本当に幸せです。
今年中に自分の居場所が確保出来て良かった。
自分の拠点みたいなものを失うと、ガラガラと内面まで崩れることも実感。いつも心ここにあらずの状態で身の回りの全てがうまくいかなくなりました。体調を派手に崩さなかったことがせめてもの救い、年末年始で立て直したいところです。





この部屋に決めた日からこればっかり聞いてるSchroeder-HeadzのNEWDAYS、色々不安がよぎる時もこの曲聴いてこの映像を思い出すと、きっと大丈夫と前向きになれる大好きな曲。心の中を整理整頓しながらも、忘れていた焦燥感を思い出すような、生命感に満ち溢れていて、フワッと解放してくれる気分になれる。タイトルも恥ずかしいほどズバリですが新生活にはもってこいです。
荷物を搬入する前に拭き掃除をして部屋にこの曲を流したらなんとなく浄化されていくイメージが自然と湧いてすごく気持ちよかった。

なかなか落ち着いてパソコンに向かうこともなく、あまり更新出来ずにもう明日は大晦日。
執念で手に入れた部屋は最高に私らしくて笑っちゃうくらい。
住居の大切さを思い知った年末でした。2016年さよならの手前、とにかく安堵の溜息しか出ません。





2016-11-24

Power charge


身辺がゴタついていまして、心の安寧を保つためには食べるしかないというなんとも情けない状況です。
そんな状態でもモヤモヤが一瞬で吹き飛ぶほどおいしかったものたちの記録。




RH Cafe、エッグメルトサンド。
おしゃれ業界人もしくはおしゃれママたちのミーティングスペースというイメージのRH Cafe。
どうですか、このヴィジュアル。野菜感ゼロ。食べたいものだけ食べるぞという若干の罪悪感と共に一口食べて「何これ、ウマッ!!!!!」
卵とチーズとバターとそれから蜂蜜?ちょっと吸うと甘いんです〜!!
あまりフューチャーされていないようで食べている人も見渡すかぎりいなかったのですが本当に食べて下さい。是非ともこの美味しさを共有したいです。




龍の子、エビと野菜入り塩味つゆそば。
一応グルテンフリー意識はあるのでなるべく麺は食べないようにしているのですが、我慢できずに頼んでしまったつゆそば。大好きなんです。薄味だけど旨味がしっかり溶け出していて身体にいいもの食べてる〜という実感しかありません。食べ終わったあとは体もポカポカです。
あー明日も食べたい。




生牡蠣の季節ですね。とりあえずメニューにあると頼んじゃうやつですね。たまらないですね。
こんなにサイズが大きくても味が濃くて最高においしかったです。ポン酢にすだちにもみじおろしの相性の良さ。そしてこのあとウニのお刺身を食べて再び唸ってました。味覚も年相応になったな〜
ちなみに下戸なので飲み物はウーロン茶です。





PIZZA SLICE2、お店も海外っぽくてお洒落な雰囲気。
ペパロニスパイス、塩っけがあっておいしかった!
代官山にあるのは知っていたのですがなかなか通らない場所だったので、表参道に出来たのは嬉しかったです。H BEAUTY&YOUTHの地下にあるので、これからもフラッと立ち寄るだろうな。フラッとピザ食べてていいのかどうかはさておき。
たまに食べるジャンクなものってどうしてこんなにおいしいんでしょうか。飲み物はもちろんコーラで!


明日は雪が降るそうです。
おしるこの季節ですね。
食べ物の話ばかりですが終わります。




2016-10-09

LUNASOL FEATHERY NUANCE EYES




上品で薄付きのイメージだったのでちょっと物足りないかなと思っていたのですが、ドンピシャで好きな色が出ていたのでこれはと思い購入。初ルナソルです。
NARS 3063愛好家としてこのスモーキーなピンクベージュはたまらない色!
大定番のNARS 3063 / 3057 の二色との比較でお伝えしたいのですが...



※使用商品


写真だと違いが全く伝わらないので補足します。(三つとも似ているけれど全然違うんですよ!)
LUNASOLのMauve Pink、左のミディアムカラーの透け感ありつつもちゃんとモーヴ、そして細かいパールのおかげでツヤッぽくなります。
3063はがっつりマット、3057はパール入りでやや赤味強く感じます。
色素沈着系の度合いで比べると3063>3057>>>>LUNASOLという、圧倒的に軽さのあるLUNASOL、モーヴ系が苦手な人でもこれなら大丈夫なはず。NARSはちょっと注意が必要な下瞼にもLUNASOLなら怖くなりません。日本のブランドならではの繊細さ。
あと昼間に蛍光灯の下で見た時はゴールドのパールだなと思った日の夜、間接照明で見た時は細かい多色ラメがキラッキラに見えて全く違う印象になってました。さすがOL御用達ブランド!すごい!
マットな3063は慌ててつけるとムラになりがちなので、最近の朝時間ない時は迷わずLUNASOLを手に取ってしまいます。使いやすさは断トツ。
色素沈着系モーヴが好きな方にはぜひぜひ試してもらいたいアイシャドウ、モーヴピンクの沼からは抜け出すことが或るのか否か、それはさておきド定番の色。おすすめです。





2016-09-19

BLUE BOTTLE COFFEE






飲んでみたいな〜と思っていたブルーボトルコーヒーにやっと行ってきました。
1カップずつ丁寧にドリップされるコーヒー、とってもおいしかったです。
なんとなく手を伸ばす、考え事しながら、のコーヒーとは全く違う気分で味わえました。「わ〜いい香りー!コーヒーおいしいー!」で頭がいっぱいになるので、とっても幸せ!








カフェラテもまろやかですごくおいしかった!
ソーサーにひそむブルーボトル。かわいい。


日曜の午後、奇跡的に空いた一瞬。このあと数分でまた満席になりました。
これからの季節、テラスで立ちながら飲むのも気持ちよさそう。
またフラッと訪れたい場所です。



【BLUE BOTTLE COFFEE 青山カフェ】

東京都港区南青山 3-13-14
8:00am to 19:00pm






2016-09-11

Reading List


・秋の読書リスト

[新規]
三浦綾子「塩狩峠」
平野啓一郎「マチネの終わりに」
夏目漱石「吾輩は猫である」
湊かなえ「ポイズンドーター・ホーリーマザー」
村田沙耶香「コンビニ人間」
遠藤周作「沈黙」
吉田修一「悪人」

[再読]
平野啓一郎「決壊」
サリンジャー「フラニーとゾーイー」
桐野夏生「グロテスク」
五木寛之「内灘婦人」
松浦理英子「葬儀の日」「ナチュラル・ウーマン」




年明けから読まないと決めていた小説、ようやく解禁することに。
日常がモヤッとするとすぐに小説に手を伸ばし逃避することに依存しすぎて、そうすると現実への嫌悪感が増すばかり、常に自分を守るために一枚膜を張ったように過ごしていたので「生きる力が薄い、他人に興味がない」と言われていました。そんなつもりはなかったんだけどな。
昔、平野さんが講演会で「小説は薬のようなもの、ありとあらゆるものを調合して取り込んでいたけれどそれでは飽きたらず自分でも生み出すようになった」と話されていたのですが、まさに私は過剰摂取しすぎていたのでまずはキッパリと手放すことを決め、部屋にある小説は一切開かず、本屋さんに行っても小説のコーナーでは手に取らない、とにかく逃避しないこと、と徹底して生活から切り離しました。
そうしてきちんと現実と向き合うと変化させざるを得なくなり、ようやく生活も気持ちも整えられたのでもう大丈夫かなと。やれやれ。

この8ヶ月、一番我慢が必要だったのは平野啓一郎さんの新刊!ここ数年はイベントに出向きサインまでもらっていた私が手を出さずにルールを守れたなんて〜よくがんばりました。さっそく買いに行きます。心置きなく堪能します。
再読リストは謹慎中「読みたい!!」と何度も思い出したもの。
こんなに小説を読まなかったことは今までなかったけれど、我慢したおかげで自己啓発やビジネス本の面白さに気づくことが出来ました。予測していなかった嬉しい発見。
そして異世界に飛べる小説の力もやはり必要だなと改めて思いました。適度に摂取して脳を楽しませてあげようと思います。また追って感想なども。

そんなわけで、2016 読書の秋、はじめます。ああ楽しみ!





2016-08-14

ARE YOU AM I










夏でもサラッとつけられる細いブレスレットが欲しいと思い、ARE YOU AM Iのものを購入しました。
fashion toastのRumi Neelyがデザインしているブランド。







チェーンタイプのブレスレットは手の甲までかかってくるほどの長さだとうっとうしくなってしまうけれど、これはSTANDARDがジャストサイズ。本当におすすめです。手首周りで動くのが苦手な方にぜひ。参考までに、手首周りは13.5cmでブレスレットの長さは約15.5cmでした。適度にサラサラと揺れるのがさりげなくて心地良いです。


日本からもofficialサイトで購入可能、一週間ほどで到着しました。
チョーカーの種類も豊富で、ブレスレットと同じタイプのチョーカーも華奢ですごくかわいい。
それからRumiの鍛え上げられた身体もかっこよくて驚きました。
最近アイスばかり食べてしまう自分を戒めつつ、チョーカー悩み中です。










2016-08-02

intelligence

突然スイッチが入ったかのように一つのことに夢中になる癖があります。
日々、フッと点で思い浮かぶ“気になるな”と思っていたことが突如として繋がり、線となっていきなり走りだす、それも超特急で、という感じ。たまにあるのですが、しかしながら今回のはまりごとは相当な燃え上がり具合につきこのまま行くと人生観まで変わっていきそうなので、記録として残しておくことにしました。


現在4冊の本と一つの漫画を平行して読んでいます。以下、そのラインナップです。

・国家の罠〜外務省のラスプーチンと呼ばれて〜(佐藤 優)
・獄中記(佐藤 優)
・インテリジェンス人間論(佐藤 優)
・超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』(竹田 青嗣+西 研)
・憂国のラスプーチン(佐藤優原作、長崎尚志脚本、伊藤潤二作画)


一目瞭然ですが、追いかけているのは佐藤 優さんという方。先日記事にした「先生と私」を読んだ後、佐藤さんを知るためにはやはり事件のことをと思い、「国家の罠」を読み始めたら崖から転げ落ちるように夢中になってしまいました。
そもそも何故佐藤さんに辿り着いたかというと、たまたま本屋さんで中村うさぎさんとの対談集「聖書を語る」を買って読んだところ、特に「第二章 春樹とサリンジャーを読む」がものすごく面白くて、次に「佐藤優さん、神は本当に存在するのですか? 宗教と科学のガチンコ対談 」を読み、やはり言葉が頭にスッと入ってくる感覚があり、「インテリジェンス人間論」を読んだのですが、政治に疎い私には難しい部分も多く、やはりルーツから辿らないとということで「先生と私」を読んで、そこから始まりました。


・国家の罠〜外務省のラスプーチンと呼ばれて〜

 著者はロシア外交のプロとして鳴らした外交官であったが、2002年、いわゆる「鈴木宗男事件」で背任と偽計業務妨害の容疑により逮捕された。512日間に及ぶ拘置、独房生活の末、今年2月の第1審で下された判決は「懲役2年6カ月、執行猶予4年」。著者は即日控訴の手続きを取った。

 本書は、著者の目が捉えた事件の内幕を赤裸々に綴った手記である。逮捕前夜に渦巻いていた外務省内部の権力闘争や自民党の内部抗争、さらには本件を「国策捜査」であると明言したという検事とのやり取りを、冷静に再現していく。また、政治家・鈴木宗男を著者は極めて高く評価している。バッシングにさらされた“腹黒い政治家”というイメージとは対極にあるような意外な人物像が浮かび上がってくる。(Amazonより引用)




一時期ワイドショーを賑わせた“鈴木宗男事件”“ムネオハウス”はいくら政治などに興味がなくても知っているワード。それがまさか裏でこんな風に仕組まれていたのかということに驚きました。
これは佐藤 優氏が鈴木 宗男事件に絡む背任容疑で逮捕され、さらに偽計業務妨害容疑で再逮捕、512日間にもわたる勾留のち保釈されるまでの一連を知ることが出来る本。
そして印象的な“国策捜査”という言葉。こんなことが実際に行われているとはなんだか白々しいドラマのようだとしか思えません。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
「見事僕はそれに当たってしまったというわけだ」
「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」
(第五章より)

担当検事との実際の会話。国策捜査とは、“捜査方針をきめる際に、政治的意図や世論の動向にそって検察(おもに特捜検察)が、適切な根拠を欠いたまま「まず訴追ありき」という方針で捜査を進めること”をいうもの。結論ありきでストーリーを作り、登場人物を外堀から固めていき、ターゲットを撃ち落とす。
外堀役として任命された者は検事にあれこれと詰め寄られ、あっさりと折れてしまう人が多い中、佐藤 優氏は最後まで認めなかった。認めたほうが刑が軽くなる、早く独房から出ることが出来る、そう優しく囁かれても頑なに首を縦に振らなかった。だってやっていないのだから。
その本心とは鈴木 宗男氏に対する敬愛、逮捕前には「プロトコール(外交儀礼)に従い、鈴木大臣より前にお待ちし、鈴木大臣が出られてから小菅を後にすることにします」と言い、本当に鈴木氏より長く拘置所暮らしをしています。そして鈴木氏が逮捕された時、拘置所内でハンストを行っている。次々と鈴木氏を取り巻いていた人間が翻る中、佐藤氏だけは最後まで裏切らなかった。その絆、そして国益のために、という精神。

北方領土など政治云々の話が多いので「???」となる部分もあり、度々手が止まった時にふと「そういえばラスプーチンって何」と思い検索した所「憂国のラスプーチン」という「国家の罠」を原作にした漫画を知り、何の迷いもなく買いました。そして読み始めてすぐに、漫画の威力に改めて驚きました。名前はほぼ改名されているのですが、まず絵が似すぎているので完璧に誰か分かる。そして文章で読んでいても難しかった部分も漫画で読むと頭に入ってくる。そしてその後にもう一度本を読むと、頭のなかで絵が浮かぶのですんなり文章が馴染むのを感じる。絵で覚えるということの力を思い知りました。

インプットしたあとはアウトプット、ということでこの面白さを他人に伝えること。宗教や政治の話なので人を選ばなければいけませんが、自分の頭の中に入ってきた情報を出してみる。面白い、興味深いと思ったことを話す。そうすると全然上手く話せないんです。自分の中にある情報量が薄いから。けれど今自分が覚えている情報を他人に話すことでどのくらい理解しているかを確認でき、そして足りないと感じる。そうするともっと知りたくなる。そこで更に新しい本に手を出します。
ちなみに途中で「私は一体何のために、何を知ろうとしてるんだろう?」と訳が分からなくなった瞬間もありましたが、あまりにも本が面白かったので無視しました。



・獄中記

微罪容疑によって逮捕、接見禁止のまま五一二日間勾留された異能の外交官は、拘置所のカフカ的不条理の中で、いかなる思索を紡いでいたのか。哲学的・神学的問いを通して難題に取り組んだ獄中ノート六二冊。(Amazonより引用)

勾留から七日目、ノートが手に入った著者の日記から始まります。弁護団への手紙、外務省後輩や友人へのメッセージ、ゴロデツキー・テルアビブ大学教授への手紙まで、拘置所の中でどのように過ごし、どのようなことを考えていたかが追える本。
途中途中に出てくる哲学的思想などはやはり難しいですが、読んでいて力が湧いてくる本です。佐藤氏の冷静な捉え方、分析力、随所に顔を出すユーモア、そして自分に言い聞かせるかのように書き連ねている言葉たち。「国家の罠」は事件の詳細を突き詰めていく本、「獄中記」ではその事件に巻き込まれた佐藤氏がどう戦っていくかという内面を知ることが出来ます。

「フーコーが『監獄の誕生』の中で見事に分析しているが、独房でたいていの人間は従順な人間に改造され、多くの場合、世界観まで変わってしまう。(中略)
僕の場合、ものの見方、考え方は全く変化しない。反省も全くしていないが、検察や拘置所に対する恨みや不満は全くない。「歴史でこういうことは時々あるし、今回は運悪く大当たりだった。あとはこの機会をどうやって自分にとってプラスの機会に転じるか」ということだけを考えている。矯正の観点から見ると最悪のケースだが、政治犯、宗教犯というのは常に矯正不能なのである。」(第6章より)

国策捜査の罠にはめられ、拘置所に入れられた人間はどうなるのか。見に覚えのないことを毎日毎日やったと言え認めろと攻め続けられる。精神的に耐えられない日々になるであろうその時間を、本を読み語学の習得に励み、ものすごく有効的に使い切っていました。
ポジティブという言葉さえ軽く当てはめてはいけないほどの強さ。
“獄中読書リスト”一覧を見ると、目が回りそうなくらい難しい本ばかりが並び、“本文で言及したが、獄中に差し入れられなかった書籍”に遠藤周作「沈黙」、夏目漱石「こころ」「我輩は猫である」などが入っているのも面白いなと思いました。
人間らしい部分やユーモアが垣間見れるのも楽しめる本。“焼きたてのコッペパンがおいしかったので機嫌が直った”とか“裁判長がカリカリしているが、勝手にカリカリしていれば良いだけの話である”とか思わずクスッと笑ってしまう。「国家の罠」より人間味溢れる佐藤さんを垣間見ることが出来た気がします。

「私は拘置所での生活がかなり長くなると予測しています。長期戦に備えた心身の準備を行う必要があると考えています。拘置所の中では、取り調べ以外にも、健康管理、精神的安定の維持等いくつもの試練があります。この中で最も重要なのは人間としての尊厳を維持し続けることです。いわゆる「プライドを高くもつ」ということではなく、人間的思いやりをもち、憎悪や嫉妬に基づいた人間性崩壊を防ぐことです。その意味で、拘置所生活は、自分の内面との闘いでもあります。」(第1章より)

人間としての生き方、学ぶところがこれほどまでに多い本だとは思いませんでした。拘置所の中でさえこんなにも有意義に過ごしているのを読むと、ふと我に返ります。淡々とした語り口に思わず背筋が伸びる本。


「ヘーゲルは、物事を見るときに、「当事者の立場から(für es' 直訳するならば、“彼にとって”)」と「学理的反省者の立場から(für uns' 直訳するならば、“われわれにとって”)」を分けて、同じ出来事が当事者にとってはこう見えるのだが、われわれ(学理的反省者として物事をながめている著者とこの本を読んでいる読者」にとっては別に見えるとう形で論議を発展させていく。
(第5章より)

ヘーゲルの精神現象学がよく獄中記には登場しています。この部分を読んで面白そうだなと思い読んでみることに。しかし佐藤氏と同じもの(平凡社ライブラリー)は見ただけで絶対に絶対に読めそうもない...と弱腰になり、「超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』」を購入。
はじめての、とはいえども内容が内容なので、緒論でつまづいてさてどうしたものかと思っていたのですが、第一章 意識から徐々に読み進められるようになりました。それにしても難しい。気を抜くとすぐ迷子になります。文章を噛むように声に出して読まないと理解できない、カフェとかでは絶対読めない本。無音の部屋で“読まざるを得ない状況”を作らないとページが捲れません。どれだけ難しくても100回読めば私でも多少は理解出来るだろうと長い目で構えて取り組むことにします。


「インテリジェンス人間論」は「国家の罠」読後にもう一度開いた瞬間、頭の中にスルスルスル〜と内容が染みこんできたのがものすごく気持ちよかった。どのページを開いても興味深いエピソードいいとこ取りなので、どこでも気軽に読めます。バッグにいれている率が高い本。改めて思うのが、自分が知っている政治家の印象とはマスコミによって作られたものだったんだなと。鈴木宗男はじめ森喜朗、橋本龍太郎、小渕恵三など、読んでいる本、漫画にも登場するのですが抱いていたイメージではなかった。特にこれらも本を読み始めてから森元首相のイメージなんて引っ繰り返りました。そんな人だったんだ!マスコミから流れてくる印象とは全く違います。

獄中記の中盤くらいからパズルのピースが繋がり始めたときがあり、「あ、この人知ってる、この後どうなったかも知ってる!」ということが増えると格段に面白くなります。“獄中読書リスト”の中に高校の数学の教科書が並んでいて、何故拘置所で数学を...と首を捻ったときに、アッと思い出したのは「聖書を読む」の対談で神学について説明していた部分。「いよいよ難しくなってきた。」と言った中村うさぎさんに「数学の微分法で説明するとわかりやすくなるかもしれない。」と答えるところと繋がりました。きっと数学の教科書の中にも考え方のヒントがあったのかもしれません。






こんなにも引き込ませるのは、事件云々だけではなく、佐藤優という人が書き連ねた文章が非常に魅力的だと感じたからだと思います。それからとにかくバランスが良い。なので私でもここまで興味を持ち続けていられるんだと思います。これは人の感情を操作しようとしているな、と思わせられる文章が続くと途中で読むのを止めますが、のめり込んでいる最中であっても色々と考えさせられる。本当に不思議な、計り知れない頭脳と冷静さを持ち合わせた人なんだなと思います。
そしてすごいな〜と感じたのが文庫の解説、小説家の川上弘美さんです。小説などの文庫の解説/あとがきを読むと、よく「本に引っ張られてるな」と思ったりもするのでどんな難しい解説がくるかと思いきや、

「さて、わたしはこの本を読んで、はじめて「外務省キャリア」と「外務省ノンキャリア」という言葉を知りました。(意味をはっきり知った、というのではなく、そもそもそのような言葉があることを、はじめて知った、のです。」

と、始まります。
平仮名の使い方といい、なんだか少しホッとしますね。張り詰めていた緊張の糸がフッと途切れて、そっと解放して送り出してくれるような、そんな解説。

「本というものは、それがいい文章で書かれていれば、おおかたの読者は語り手に感情移入する、の法則があります。
けれど、わたしは読みながら、
「それはそうだろうな。でもわたしは、ここに書いてあることは、全部うのみにしないでいよう。うのみにしないかわりに、しっかりと覚えておこう。そして時々思い出そう。新聞を注意して読んでみよう。そうすると、いつか本当にわたしにもいろいろなことがわかるかもしれない」と思ったのでした。
うのみにしない、と書きました。ともかく、いろんなことをうのみにしない方がいいよ。作者はこの本の中で、さまざまに声を変えてそう言っているように、わたしには思えたのです。絶対的に正しいことは、ない。絶対的に間違ったことも、ない。あるのは立場や目的や品性の違い、その他。
多面的にものごとを見るのが、なにしろ、大事なことなのですよ。
ぜんたいの記述を通じて、そんな作者の声が、わたしの頭の中には、鳴り響きつづけていたのです。」

ドスの利いた内容のあとにこの解説がついてくるなんて、たまらなくなって唸ってしまいました。そしてもう一度本文に戻って、もっときちんと理解したいと思うのです。


夢中になってのめり込んで本を読んだり調べたりしている時の自己目的的な行為は世の中に溢れているどんな魅力的なストレス解消法よりも脳がクリアになる。私にはとっても相性のいい、欠かせないこと。
そして今回、信仰と信念の素晴らしさと大切さをあらゆる方向から教えられているような気がします。二つの軸がしっかり自分の中に育てば、取り巻く環境に流されない自分をいつだって保てるのではないかと反省しました。
これからも少しずつ追いかけていくつもりです。





2016-07-26

BOULDER SPORTS


新しい靴をおろす時はかなり気を使います。なぜなら派手に靴ずれをするから。
ソックスを履いていても水ぶくれが出来て破れて皮が捲れて血が出て...となるので靴をダメにしないようにかなり慎重、慣れるまで自分の足を都度犠牲にしています。
足の甲部分の皮膚は特に薄く、サンダルなどはこうものならきっちりデザインをトレースしたかのように擦れて皮がむけるのでチャレンジをする勇気も失いました。
こればっかりはどうしようもないな〜とほぼ諦め状態で、おまけに外反母趾なので履く靴もかなり限られてしまっていたのですが、いつも見ているブログ(こなメモ)のこなさんが救世主となるアイテムを紹介していたので、私も手に入れました。




BOULDER SPORTS
〜スポーツする人の皮膚を守る新しい習慣〜

“スポーツ時に発生する皮膚トラブルは様々 足、手、脇、股、乳首等に発生します。
靴擦れ、股ずれ、グリップ荒れ、手荒れ、あせも、塩素荒れ、ウエットスーツずれサポータずれ等。
だからこそ、万全の体制でのぞむには、トラブルは防ぎたいものです。 
充分な練習と大事な試合に勝つために!!”


ビフォアケア→スポーツ前に使用、トラブルを未然に防ぐ
長時間効果→一度すりこむと長時間、効果が持続。洗っても、水にぬれても効果は変わりません
素肌感覚→皮膚呼吸、発汗作用をさまたげず、使い心地もさわやかです
肌の機能強化→繰り返し使用することで、摩擦による抵坑力を増進させ皮膚の機能をつよくする
アフターケア→スポーツ後に使用、傷ついた皮膚の再生力と自然治癒力を応援します


皮膚の一番表面の角質部分に浸透して、バリアを形成して、角質とともに外のいろいろな刺激から皮膚を守ってくれるムースです。
半信半疑でしたが、物は試しと思い購入。
ちょっと固めのムースを足全体にすりこむと、特に違和感もなくしっとりするくらい。乾いてしまうと塗布したことも忘れるほど自然です。なので効果があるのかどうか不安。

というわけで以前玉砕した固めのパンプスで近所を散歩してみたところ、
「あれ...?大丈夫っぽい...?」

家に帰って靴を脱いだところ、踵も甲の当たるところも無事、前は皮が剥がれた小指も異常なし!これはちょっと只者ではないと確信を持ち、あまりにも好きすぎてダメにしたくなくて観賞用になっていたJIMMY CHOOにチャレンジすることに。

同じように近所を歩いたら同じように大丈夫だったので、翌日勇気を出して電車に乗り、駅ビルをうろうろ歩きまわり買い物して、帰り道どうしようかな歩こうかなと自然に悩むくらい普通。でも靴消耗したくないし、という理由で電車に乗って帰宅。靴を脱いだら履き口の皮膚はノーダメージ(奇跡)、踵は少し擦れて水ぶくれになっていた程度(絆創膏なしでこれはさらに奇跡)、外反母趾部分は赤くなっていたものの無傷(しばらくしたら戻った、拍手)という結果でした。
何もせずに履いてこれだけ歩き回っていたら、靴もろとも血みどろになっていただろうことは確実なので、こんなに嬉しいことはありません!




踵は絆創膏でカバーできますが、足の甲に絆創膏は見栄え的にも避けたいもの。
素敵な靴はたくさんあるのに、靴ずれしそうだしなという理由で諦めるのはもったいない。
ボルダースポーツのおかげで、今までより靴の選択肢が広がりそうです。
同じように靴ずれにお悩みの方におすすめしたい商品です。
今の時期は浴衣を来た時の普段履き慣れていない下駄の鼻緒部分のダメージにも重宝しそう。





※効果には個人差があると思いますので、少しずつお試しになることをおすすめします。




靴ずれ解消方法は見つけたけれど、フラフラと歩き急に方向転換するポケモンGO!ユーザーへの対処方法はありません。踏んだら絶対に許さないから、という気持ちで爪先を見つめて歩いています。





2016-07-20

社会人大学人見知り学部 卒業見込


“自意識過剰である。
年を取れば治ると聞き期待していたのだが、三十二歳になった今も妙なことが恥ずかしく、そのほとんどが同意を得ない。美容室に行って「どのようになさいますか?」と聞かれた時にぼくは必ず「おまかせします」と答えている。事細かに髪型をオーダーするのが恥ずかしい。「こいつ、めちゃかっこつけようとしてるじゃん」と思われたらどうしようと怖くてしょうがない。白状すると、ぼくは本当は妻夫木君みたいな無造作ヘアにしたくてしたくてしょうがない。
だけど言えない。
あと、スタバとかでコーヒーを頼む時に「トール」と言うのがなんか恥ずかしい。「グランデ」なんて絶対言えないから頼んだことがない。S、M、Lなら言える。その前にスタバに行くこと自体が恥ずかしい。ぼくは「スタバ」で「キャラメルフラペチーノ」の「グランデ」を飲んでいるところに知り合いが来たら窓を破って逃げる。”
(若林正恭 / 社会人大学人見知り学部 卒業見込 自意識過剰より)


そのほとんどが同意を得ない。の意味がわからない私です。わかりすぎる、わかりすぎます。
美容室で事細かにオーダーなど出来ません。とにかく鏡越しに話すのが苦手。なぜなら自分の顔がそこにあってライブで動いているから。何を言っていても「で、こんなすっとぼけた顔でどうしたんだ私は」という結論にしかならないから。オーダーどころの話ではない。私は最低限のどうしたいかだけは伝えて(いつも同じ、長さはある程度キープで色は赤味をおさえたアッシュ〜グレー、クセが出るように)あとはプロがいい感じに仕上げてくれます。一から要望を伝えるのとか疲れる。もしこちらの要望通りにしてもらっても、実はプロから見たら変だったりしたらどうしようとか考えてしまう。なので任せたいんです。それからヘアサロンって言えない。美容室って言っちゃう。なんとなく。

スタバは大好きなのでトールは言えます。慣れました。グランデ、ベンティというサイズは頼もうと思ったことがありませんが、言いにくいとは思います。あと他のカフェのサイズ表記はやや怖い。Piccolo、Classico、Grandeとなるとしれっと「あ、一番小さいサイズで」と言います。ピッコロって言えない。なんですかピッコロって。
カスタマイズもハードル高い。ストロベリークリームフラペチーノにチョコレートソースとチョコチップを追加すると、苺とチョコでアポロフラペチーノになるとか、クールライムにホワイトモカシロップ追加でカルピスみたいになるとか、なぜかきっちり知っていますが実行したことはありません。
私は例えば「抹茶フラペチーノ」に「コーヒージェリー」をトッピングして「ノンホイップ」にした「グランデ」サイズを飲んでいるところに知り合いが来たら聞かれていもいないのに無意味な言い訳とおすすめをすると思います。「いっぱい歩いたから疲れちゃって甘いの飲みたくて、でもホイップ抜きだから、抹茶にコーヒージェリー入れるとおいしいって聞いたからやってみたんだけどおいしいよー」とか。聞かれてもないのに、うるさいですね。なので私は今日も黙ってソイラテ。(シナモン大量投入の自分カスタマイズ)




テレビでオードリーを見て特に何か思ったわけではなかったのですが、若林さんがバラエティに出ていると妙に気になる、なんか微妙にひねくれている感じとか一人でグルグル考えていそうな雰囲気とかなかなか心を開かなそうなところとか、なんか近しいものがあったのが今回エッセイを読んで確信しました。似すぎ。
私も仲良くなった人からは必ず「考えすぎ」と言われます。元々そういう性格だったのかは忘れましたけど、大人になってから「もっとちゃんと考えればわかったのに、なんで考えなかったんだ」という数々の失態を繰り返した結果、深掘りに深掘りを重ねて自分がはまって抜けられなくなるという習性が身についてしまいました。
グルグル考えていることを他人に話す機会はあまりないけれど(かっこわるいから)、こういうことを考えていた、と真剣に打ち明けたら「バカじゃないの」「頭おかしいよ」とあっさり呆れられたことがありました。こっちはバカだと思われないようにあらゆる方向から考えていた(はず)なのに。あー難しい。

他人のことを気にしすぎ、誰にどう思われても関係ないよ、と数えきれないほど言われてきました。本当にそうだなと言われるたびに思います。たとえ目の前の人が私のことが嫌いでもバカだと思っていても、たったそれだけで世界は終わらないのだから。わかってはいるんです。でもね。


“自意識過剰だなぁ。とよく言われる。
そう。その通りだ。誰もぼくのことなんか見ていない。それはわかっているのだ。
だがしかし、だ。ぼくなのだ。ぼくが!見ているのだ!”


そういうことなんです。





“ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。”

本物のネガティブをこじらせた人からしか生まれない名言だ!
複眼的な視点で見れば、ウジウジ考えられる暇があれば、どれもこれもきっと大したことじゃない。
誰かに認めてもらうためではなく、何かに没頭していたらいつのまにか死んじゃった、みたいな人生を送りたいものです。




2016-06-29

chill out




5 DELI PLATE
PM 20:15




WILKINSON GINGER ALE
PM 22:40





2016-06-13

Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton




“­ルイ・ヴィトン”創業当時の1854年から現在までの、貴重なアーカイブをはじめ、貸­与を受けた歴史的に貴重な作品が展示されている「Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton」(空へ、海へ、彼方へ──旅するルイ・ヴィトン)展」に行ってきました。














今の時代に見ても改めて素敵だと思える年季の入ったトランクたちや貴重なスケッチなど。
特に異彩を放っていたのが、香水が入っていたガラス瓶。


そして個人的に大興奮だったのがRichard Prince、こんなに間近で見れるとは。
ナースが並んだコレクションを思い出しました。感激。





最後はアトリエ職人によるデモンストレーションを見ることが出来るブース。
細やかな手先の動きは圧巻でした。

ものすごく貴重なものを見たり、時代を経ても変わらない魅力というものに触れることが出来ました。
6/19までなので是非。




Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton

空へ、海へ、彼方へ ─ 旅するルイ・ヴィトン展

東京都千代田区麹町5丁目 特設会場

2016/4/23〜6/19