2011-05-24

primary colors

むんわりとした空気がまるで異国の地を思わせるような日曜の昼下がりから、急激に空の色がモノトーンに変わり、マゼンタはどこへ、唐突に号泣したような雨の音を聞きながら久々にまどろんだり、思案だけは果てしなく。

近頃は正しさについてよく考える、正義とはなんぞや、そしてよくわからなくなって虚無、ねえ猫。

目の前の参考書には解かなければならない問題が山ほどあって量の多さと期限を思うだけで眩暈がするけれど、(1)の問題には必ず(1)の答えがあって、そのことがなぜか安心に繋がっているような気がした先週。 少なくともこの中では決められた正解があることのすこぶる安堵感といったらないのです。

日常のなかではそれなりにルールはあるものの、いったい何が正しいのかいつのまにかわからなくなったりするわけで、わたしの中の正しさが誰かに迷惑をかけてしまったり、無意味な被害妄想や無駄な苛立ちから不安になったりすると、ざわめきだったり淀んだり正しさのメモリが歪んで見失って今ここ。

規律に反することは勿論、ほんの些細なこと、例えばね、人にぶつかったら咄嗟にごめんなさいと言いたいし、道をゆずってもらったら会釈したい、みたいなあたりまえをあたりまえにいつまでもあたりまえにしていたいし、駅のホームでは降りる人を優先するべきで、風が強い日は煙草の煙の行方を追って欲しい、傘は振り回さないで、とか、あまりにも道徳的すぎることを考えたりなどしていたら、空は完全に夕闇に服従をしていてそれにしても時計の針はよく回るなあ、など。





床で振動するアラームが着々と眠りを遮り、昨日が嘘のような肌寒さ、天気が気分を支配するのは常、まだ出番のないビニール傘が右足の邪魔をした。

朝の駅のホームできっちりと列に並ぶ人々、扉がいっせいに開けば皆からっぽの社内、レモン石鹸のような匂い、座席めがけて静やかに吸い込まれていくのにいつまでも慣れることなく圧倒されてしまう。

次の電車を待つ4列の人々が、今なくなった散った列の場所にいっせいにスライドするさま、あれは何度見てもひどく異様。 いつから始まったしきたりなんだろう、とその奇妙な移動を見るとなぜかしら背筋が寒くなるのはわたしだけなんだろうか、群れを遠巻きに見るとなぜか窮屈であって、なぜか無気力になるのであって、なぜか悲しくなるのであって、なぜか安心するのであって、なぜか笑えるのであって、なぜか、なぜか、とてつもなくがらんどう。

いつだって桎梏から逃れられない種族として、いつかなんの疑いもなくスライドされる自分の姿を想像、溜息をついた。

それからランドセルの肩ひもをつかみながらの集団下校前、「せんせいさようなら、みなさんさようなら」のよくわからない習慣を思い出した月曜の朝。