2010-10-28

revolve




めくるめく差別が交錯を、憂愁度数の上昇、ゆるやかな旋回、適温が四肢を持て余す、右脳は無表情、空漠たる夕暮れの。




2010-10-26

my rainboots




もはや冬を連想させる冷たい秋の長雨も完璧に跳ね返すDafnaのレインブーツ




2010-10-19

out of noise

音楽は劣情をそそるものだ、と誰が言っていたのか忘れてしまったけれど、確かにそうだなと思った。どんなに柔らかな音でも激しく感情を揺さぶられてひどく困惑したりすることだってある。たまたま聞いていたラジオからhibariが流れてきたので思わず手が止まりそれから思考から何から全てが減速してしばらくぼんやりとした。微妙に長さの違う同じフレーズが左右で響き、その絶妙なずれを生み出していくのをひたすらに聞いていると永遠に続くような気さえして眩暈がする。あるいは、少しずつねじられていく床屋さんのぐるぐると回る看板を見つめている気分になる。




毎日は全て何かの繰り返し、朝が来て昼になって夜、そしてまた朝。
月曜日からはじまって規則正しく曜日は移り変わり週末数回からの月末。
年明けから12ヶ月たてばまた1への回帰。
死ぬまでにあと何回四季を繰り返すんだろう。

そんなことを考えているとひどく焦燥感にかられ、もっと刹那的に生きるべきだと思ってしまう。
あるいは、世界とほどよく調和する方法を見つけたほうがいい。 




2010-10-05

Red Zone

表面がかりっとしたフォアグラを食べながら斜向かいにいた女の子が唐突に金木犀の話を始めた。
フォアグラなんて数えるほどしか食べたことないけれど、バルサミコソースがかかったそれは笑っちゃうほどおいしかった。最初に食べた時には苦手かもと思ったのに随分と舌は大人っぽくなったみたい。自分が知らない間に色んな味を覚えてる。
金木犀の話。
秋になると小さいオレンジ色の花から漂ってくる甘い香りはいつのまにか秋の香りとしてインプットされている人は多いようで、その女の子も昨日甘い匂いがしたからやっと秋だよね、と言っていた。わたしは金木犀と耳にすると必ず思い出すのは山田詠美さんの「Red Zone」の台詞。

「金木犀を食べたの」





17歳の女の子が28歳の女性に男の子をとられてしまった時おばさんと罵るのだけれど、そうか、28歳ってその年頃からしてみたら随分年上のような気がするなと今さらだけどハッとした。
その女性はショートヘアですっぴんに赤い口紅の素敵な人なんだけれど、自分が28歳に近付いてくるとすっぴんに赤い口紅のハードルの高さに卒倒しそうになるのがまぎれもない現実であって それを17歳に素敵と思わせる実力といったら相当な力量の持ち主なんだと真面目に感じた。

同年代の子はほとんどお化粧をしているし多分唇にもなんらかをのっけているはずで、久々に会った同級生のグラスについた口紅の跡に「そっか、口紅とか、つけるんだ」とどきりとしたこともある。つやつやな唇がはつらつと動くのは同性から見てもきれいだなと思うのだけど、どうしても自分はそれが出来なくてなんか恥ずかしくて控えめに塗ったとしてもすぐ舐めてしまったりするから、結局そのまんまで過ごしていることがもう当たり前になっているくせにやっぱり他人の唇を羨ましく思ったりしていて、わたしだってそのうち日常茶飯事的要素になるはずなのに、やっぱり今だってバッグの中に唇を彩るものが入ってない。
そういえば金木犀の話をした女の子は赤いのを何気なく塗っていたような気がする。

「Red Zone」を最後に読んだのは多分去年の秋、それも金木犀の匂いがした時だから、今年もまた甘くて歯が痛くなりそうな金木犀の香りで約一年ぶりにまた読みかえして、17歳の女の子と同じようにわたしも28歳のすっぴんに赤い口紅の女性に再び憧れた。
赤まではいかなくても今年の秋は口紅くらい買ってみようかなあと思う。

「金木犀を食べたの?」

そんな印象的な台詞がやたらと可愛くて、音読してみたら「きんもくせい を たべたの」という平仮名になって出てきたから金木犀がなんかの星みたいに聞こえて、それがまた馬鹿みたいに良かった。